千栗八幡宮ちりくはちまんぐう

評価 ★★★★- [4.0-]
社格 肥前国一宮[諸国・加盟]/国幣小社/別表
所在地 佐賀県三養基郡みやき町白壁千栗
駅名 久留米
参拝所要時間の目安 30分
訪問回数 1回
特徴・属性 眺望・景色の素晴らしい神社
近隣の神社 水天宮
伊勢天照御祖神社
與止日女神社

近隣の神社を地図で確認
交通アクセス JR鹿児島本線久留米駅より西鉄バス佐賀第二合同庁舎行または目達原行9分、千栗八幡宮前下車徒歩1分。
JR鹿児島本線久留米駅より徒歩32分。
地図
トイレ ○あり

コメント

佐賀県にあるが福岡県との県境からわずか50mであり、久留米駅が最寄駅となる。久留米駅から佐賀駅バスセンター行のバスに乗ると途中に当社がある。久留米の水天宮からも徒歩30分程度で近い。

本殿は珍しい五間社入母屋造。五間社の本殿は珍しいと思ったのであったが、この後、與止日女神社ほか佐賀の複数の神社で見かけることになる。こういうものは、見かける地域では固まっていたりするものである。ほかには、神奈川県の中央から西部にかけての有力神社(鶴岡八幡宮、箱根神社、六所神社、高部屋神社)に五間社の本殿の神社がある。

旅行記的なこと・もう一言いいたい

以前、当社名称の読みが「ちりく」八幡宮と知った時、非常に驚いた。ずっと「ちくり」八幡宮だと思っていたのである。

ところが、実際の当社参拝に際してはそんなことは忘れてしまっていた。なぜかまた「ちくり」八幡宮だと思い込んでいたら、バス車内での案内放送で違う読みをしたのでビックリしたのである。

最初は「ちりつ」八幡宮と言ったと思ったのである。栗の音読みは「りつ」であり、香川県の栗林公園(りつりんこうえん)を知っていたからである。ところが「ちりく」である。

当社名称の由来は由緒書には書かれていなかったのだが、なぜか境内社の由緒書に関連する話が書かれている。ある人が狩猟をしていたところ弓の上に鳩がとまり、その夜の夢に鳩が表れて八幡神の使いであることを告げ、八幡宮境内に千本の栗の木が植えてあった。そして、実際に一夜にして千本の栗の木が現れたという。この境内社の由緒書の文章が曖昧でやや意味不明なので、以上はこちらで意味を推測している。

もっと明確で具体的な話が三養基(みやき)郡みやき町の公式サイトにあり、以下はそこからの引用。

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本町には、現在58の行政区があり、そのうちのひとつに『千栗』と書いて「ちりく」と読む地区名がある。
通常の読み方であれば、「ちくり」と読むのであろうが、反対に読んでしまうのはなぜであろう?
そこで、本町の歴史や各地に言い伝えられていることがらをまとめた“北茂安町の史話伝説”の中に次のような記載があり、この読み名の謎が記載されていました。

当該地区は古く古代律令制の頃には三根郡の北東端にあり、「和名抄」の郷名にすでに「千栗」という記載があり、呼称は高山寺本の訓「知利久」のとおり「ちりく」と呼ばれていた。
では、なぜ「栗」と書いて「りく」呼ばれるようになったかであるが、そのことは以下の伝説により、その謎が解けるのではないかと思います。

“一体「千栗」という地名は「千の栗がいっぺんに芽が出たちゅうこつからきたとばい。」と、いう事くらいは、地元の大方の人が耳のどこかにさしはさんでいることであろうが、もう少し詳しく述べると次のとおりである。

栗の木がたくさん生えている所この当地区には千栗八幡宮という神社があり、この神社は当時の郡司壬生春成が八幡大神のご神託を受けて創祀したわけであるが、ある日壬生春成がこの地で猟をしていると、どこからともなく一羽の白鳩が春成の弓先に止まった。春成は不思議に思いながら、猟を終え夕方家に帰った。ところが今度はその晩、一人の白髪の老人が夢に現れて、「八幡大神のご臨降の目出たい瑞相だ。」と言って千個の栗の実を授けた。不思議で成らない春成は、昨日猟をした場所へ行ってみると、何と千株の栗の木が一夜のうちに生い茂っていたという。このことをのちの神亀元年に聖武天皇に奏上したところ、天皇も大変に喜ばれ、第二皇子を祭主としてこの宮を建てられたという事である。”

以上の由来のとおり、「栗」にまつわる伝説の由来により、「栗」という字をあてて「ちりく」と呼ぶようになったものと言われています。
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画像

由緒書・説明・境内図など

鳥居・境内・社殿など